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 『大韓航空機撃墜事件』とは

5950:大韓航空機撃墜事件
{{Infobox Airliner incident
|name=大韓航空 007便
|Date=1983年9月1日
|Type=領空侵犯による撃墜
|Site=北海道の北・樺太近海
|Fatalities=269
|Injuries=0
|Aircraft Type=ボーイング747-230
|Operator=大韓航空(KAL)
|Tail Number=HL7442
|Passengers=240
|Crew=29
|Survivors=0
}}

大韓航空機撃墜事件(だいかんこうくうきげきついじけん)は、1983年9月1日大韓航空ボーイング747が、慣性航法装置 (INS) への入力ミスが原因でソビエト連邦領空侵犯したために、ソ連防空軍この事件についてしばしば「ソ連空軍の戦闘機に撃墜された」と書かれることがあるが誤りで、迎撃したのはソ連防空軍の迎撃戦闘機である。当時、ソ連では防空軍と空軍は別の組織であり、領空侵犯機の迎撃を任務としたのは主として防空軍であって、この事件でも防空軍が迎撃を担当している。の戦闘機により撃墜された事件。乗員乗客合わせて269人全員が死亡した。

なお、大韓航空はこの5年前にも航法ミスでソ連領空(コラ半島上空)を侵犯し、ソ連軍機に迎撃されている(大韓航空機銃撃事件)。

経緯

007便の概要

事件の当該機となった大韓航空のKAL/KE007便は、アメリカのニューヨークジョン・F・ケネディ国際空港を出発し、アンカレッジテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港(事件当時は「アンカレッジ国際空港」)を経由し、大韓民国ソウル金浦国際空港に向かう、当時週4便で運航されていた定期便である。なおこの便は、前年に開設されたばかりであった。

機材はボーイング747-230型機(HL7442)を使用。ファーストクラスエコノミークラスの2クラスが用意され、当日の乗客は240人、乗務員は千炳寅機長以下29人(うち6人が「デッドヘッド」)となっていた。なお、乗客乗員の国籍は次のとおりである。
ソ連政府による証拠隠匿のために最終報告が行われるまで10年近くかかっており、最終報告が行われた時点では既に事件への関心が薄まり、十分な報道がなされていないことなどがある。

また、「陰謀説派」の一部からは、「千機長をはじめとする大韓航空機の運航乗務員は事前にアメリカ軍基地でアメリカ軍によるスパイの訓練を受けていた」、「事故機は破損しながらもサハリン沖に不時着水し、ソ連によって救助された一部の乗客と乗員は即刻処刑され、残りもシベリア強制収容所に送られ今も強制収容所に入れられたままである」というような根拠が無い説や、「アメリカの保守派論客として知られていたラリー・マクドナルド上院議員は、処刑を免れたもののモスクワのルビヤンカ刑務所に送られ現在も収監されている」などという突飛な説が、最終報告の発表後にさえまことしやかに語られた。

アメリカ軍部の指示説

アメリカ軍が同盟国である韓国政府および国営航空会社であった大韓航空に対し、ソ連極東に配備された戦闘機のスクランブル状況を知るため、もしくは、近隣で偵察飛行を行なうアメリカ空軍機に対するソ連軍機の哨戒活動をかく乱するために、民間機による故意の領空侵犯を指示し、事故機がこれに従ったとする説である。

撃墜事件直後のソ連政府が「非武装の民間機を撃墜した」ということによるイメージダウンを覆い隠すために、007便のブラックボックスを回収したという事実を隠してまでこの説を強硬に主張したほか、当時、アメリカ国内でもマスコミを中心に当局の陰謀の存在が議論されたが、ブラックボックスの内容や交信記録の音声が公開された現在では、当事国のロシア政府によってさえも否定されている。

しかしながら、ICAOによる最終報告やロシア政府による最終報告書への事実の裏づけが行われた現在になっても、いわゆる「陰謀説派」によって、この説が真実かのように主張されることが多い。また、当時衆議院議員であり、その後運輸大臣を務めた石原慎太郎は、「墜落して行く大韓航空機の千機長から『Delta one zero five(デルタ105)』という謎の『暗号』らしき言葉が発せられていた」ということを根拠に、近年に至るまでこの説を主張していた。なお、その後公開された交信記録の音声やICAOの報告書では、件の発言は「Descend to one zero thousand(1万フィートへ降下する)」であることが判明しており、石原の主張する「暗号」は誤認であったことが証明されている(なお石原は現在この説の主張は行っていない)。

説の「根拠」としては以下が挙げられていた。



説の欠点として、以下が指摘されている。

燃料節約説

千機長が燃料節約のために意図的に航路を北にずらし、スクランブルを受ける危険を承知でソ連領空を侵犯したとする説である。この説の根拠は、当時の大韓航空機は航空運賃が安く(現在においても同様である)、「燃料を節約することは機長の使命であった」といわれていることにある(少なくとも「節約に気を使うこと」は現在の他社においても同様である)。

説の欠点として、以下が指摘されている。

ソ連防空軍機による007便に対しての認識

この事件の疑問点に、「民間機と認識した上で撃墜したのか」ということがあるが、ソ連崩壊後に行われた、撃墜した戦闘機のパイロットのゲンナジー・オシポビッチや地上の指揮官に対するその後のインタビューの中で、「007便が航行灯を点灯していた」ことと、「パイロットも地上も、007便を”民間機を装ったスパイ機”と認識していた」ことが明らかになった。また、アメリカ軍が撃墜後のソビエト軍の地上基地同士の交信を傍受した中で、撃墜2時間後に「どうやら我々は民間機を撃墜してしまったらしい」という報告もなされていた。

これを裏付けるように、1976年に函館空港でのベレンコ中尉亡命事件でアメリカに亡命し、空軍顧問となっていたヴィクトル・ベレンコ元ソ連空軍中尉は、事件当時、アメリカ国防総省の依頼で交信を解読し「領空を侵犯すれば、民間機であろうと撃墜するのがソ連のやり方だ。ソ連の迎撃機は、最初から目標を撃墜するつもりで発進している。地上の防空指令センターは、目標が民間機かどうか分からないまま、侵入機を迎撃できなかった責任を問われるのを恐れ、パイロットにミサイルの発射を指示した」と、1997年8月の北海道新聞のインタビューで証言している。

その他

脚注

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参考文献

関連項目

外部リンク

{{冷戦}}

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Category:各国の事件
Category:航空事故
Category:ソ連・ロシアの航空事故
Category:1983年
Category:大韓航空の航空事故
Category:大韓民国の事件
Category:冷戦
Category:陰謀論
Category:撃墜による航空事故
Category:ボーイング747による航空事故
Category:1983年の航空事故



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