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| 『沖縄都市モノレール線』とは |
15042:沖縄都市モノレール線
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|CAPTION=沖縄都市モノレール線車両
(2003年8月14日、赤嶺駅にて撮影)
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thumb|200px|right|沖縄都市モノレール線車両(2004年7月19日、[[県庁前駅 (沖縄県)|県庁前駅にて撮影)]]
thumb|200px|right|駅のホームから(2008年4月5日、[[おもろまち駅にて撮影)]]
沖縄都市モノレール線(おきなわとしモノレールせん)は、沖縄県那覇市の那覇空港駅と首里駅を結ぶ沖縄都市モノレールが運行するモノレールである。全線が軌道法による軌道として建設されている。愛称は「ゆいレール」で、「ゆい」は琉球語の「ゆいまーる」(「雇い回り」を語源とする村落共同労働を意味する言葉)の「ゆい」から取られたものである。
沖縄都市モノレール線「ゆいレール」は、沖縄本島の玄関口である那覇空港から赤嶺経由で漫湖を渡って旭橋に抜け、旭橋からは久茂地川沿いに那覇市の繁華街である久茂地・牧志地区を抜けて国際通りを跨ぎ、国道330号を北上して古島からは環状2号線を上り首里に至る全長約13kmの跨座式のモノレール線である。この約13kmの区間をワンマン運転の2両編成の車両が約30分かけて走る。
沖縄県の交通手段は自家用車・タクシー・バスが中心であり、特に那覇都市圏では渋滞が悪化している。そこで、国、沖縄県、那覇市と沖縄都市モノレール株式会社が一体となって建設を行い、沖縄では戦後初の鉄道開通となった。切符の購入や自動改札機の通り方に慣れない利用客向けに、沖縄都市モノレールのホームページでは「利用ガイド」として乗車方法を詳説している。
乗車カードとして、自動改札機に直接通せるストアードフェア式のゆいカードがある。その他に1日間・2日間・3日間フリー乗車券もあり、これらを提示すると割引を受けられる観光施設がある(首里城正殿や玉陵など)。割引を受けられる施設の一覧は駅構内や車内にて掲示されている。
開業翌年の2004年に「沖縄都市モノレールの整備と総合的戦略的な都市整備計画」が日本都市計画学会の最高賞である石川賞を受賞した。受賞対象者は、沖縄県、那覇市及び沖縄県都市モノレール建設促進協議会である。
全線で列車運行管理システムを導入している。
古島駅から約57‰の上り坂が続く。最急勾配は儀保駅 - 首里駅間の60‰である。
全列車各駅停車であり、一部区間のみを運行する列車はない。運行間隔は、朝・夜間がおおむね12分毎(平日の朝ラッシュ時は約6分毎)、日中が10分毎(平日の夕ラッシュ時は約8分毎)、深夜が約15分毎である(若干の変動あり)。ワンマン運転を実施している。
終電は那覇空港・首里とも23時30分に発車し比較的遅くまで運転があるが、始発はいずれも6時発と遅い。これは経度的に日の出と日没が本土より30 - 45分ほど遅いこと、また、夜遅くまで飲んで遅く起きる沖縄県人のライフスタイルに合わせているとも言える。
全列車が全区間を運行するため折り返しは両端の駅のみで行われるが、牧志駅 - 安里駅間に非常用の渡り線があり両駅での折り返し運転も可能となっている。事故などの突発的事象により運行に支障が出た場合は全線で運行停止になるが、例えば2007年10月21日に儀保駅付近で行われた不発弾処理時に朝8時頃から処理完了まで那覇空港駅 - 牧志駅間で実施されるなど、予め運行計画が立てられる経路上の運行障害に関しては折り返し設備を利用しての区間運転が実施される。なお車両基地が那覇空港駅側に設置されていることから、車両数の調整が困難である首里駅 - 牧志駅間のみでの運行は行われていない。
{{main2|車両|沖縄都市モノレール#車両}}
{{See also|沖縄県の鉄道}}
の地図(1930年頃)]]
沖縄本島では、大正時代に軽便鉄道や路面電車、馬車鉄道といった数々の鉄道路線が開業したが、昭和初期に入ると沖縄電気の路面電車と糸満馬車軌道がバスとの競争に敗れて廃止され、残った沖縄県営鉄道と沖縄軌道も太平洋戦争末期に運行を停止し、鉄道の施設は空襲や地上戦によって破壊された。そして、アメリカ合衆国による統治下に置かれた戦後は道路整備が優先されたため、鉄道は復旧されることなくそのまま消滅した。
しかし、1970年代に入って経済活動が活発になってくると、那覇市を含む沖縄本島中南部地域に人口や産業が集中した。この結果、道路交通の渋滞が慢性化し、その対策として新たな軌道系公共交通機関を求める声が高まっていった。
沖縄が本土復帰を果たした1972年、国は沖縄の振興開発を推進するために「新全国総合開発計画」(新全総)の一部を改正し、沖縄県に対する特別措置として沖縄振興開発計画を策定した。これを受けて、国や沖縄開発庁、沖縄県、那覇市などが中心となって導入機種やルートなど具体的な検討を行い、最終的には「都市モノレールの整備の促進に関する法律」(都市モノレール法)に基づき跨座式モノレールを導入することで決着した。ルートは那覇空港から首里城に近い汀良(てら)地区までの区間を第一期区間とし、汀良地区から西原入口までの区間を第二期区間、さらに沖縄市方面への延伸も検討課題とした。
1982年9月に運営主体となる第三セクター「沖縄都市モノレール株式会社」が設立され、同社は軌道法に基づき軌道事業の特許を申請したが、国は採算面に不安な要素があることや、既存バス会社との調整が進んでいないことなどを理由に特許を保留した。このため、沖縄県と那覇市は都市モノレールの導入空間となる街路の整備事業を先行して進めた。
1994年に沖縄県、那覇市、バス会社との間で基本協定や覚書が締結されると、着工に向けての動きが活発化し、沖縄都市モノレールは1995年12月に空港(現在の那覇空港) - 汀良(現在の首里)間の特許申請書を再提出し、1996年3月に軌道事業を特許、同年11月に軌道本体の工事に着手した。この時点での開業予定時期は2003年12月としていたが、街路の先行整備で工期に余裕ができたこともあり、実際には4か月ほど早い同年8月に開業している。
太平洋戦争の激戦地であったことから建設前に不発弾探査が行われ、3か所において計7発の不発弾が発見され処理されたが、開業後も何度か運転を休止して不発弾処理が行われている。
。折り返し駅となる那覇空港駅と首里駅では発車メロディも流される。曲の選定にあたっては安里駅では「安里屋ユンタ」が流されるなど、なるべく駅に因むように配慮がされている(ただし「安里屋ユンタ」は八重山民謡であり、那覇市安里地区と直接の関係はない)。
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Category:九州の鉄道路線
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Category:沖縄県の交通
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Category:日本のモノレール路線
おきなわとしものれーるせん
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