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49921:三菱重工業
三菱重工業株式会社(みつびしじゅうこうぎょうかぶしきがいしゃ)は、日本の企業。三菱グループの中でも東京三菱銀行・三菱商事と並んで「三菱グループ御三家」と呼ばれる中核企業である。
創業者は、三菱財閥の二代目である岩崎弥之助。1884年(明治17年)に工部省長崎造船局の払い下げを受け、これを長崎造船所としたことから始まった。以後造船の他に、重機・自動車(のちの三菱自動車工業となる)・航空機などの分野に進出。また、日本における兵器製造の中心として発展、有名な日本海軍の超ド級戦艦武蔵 (戦艦)や零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を設計・製造したのも三菱重工業である。
このような企業であるため戦後GHQによって3社に分割されたが、1964年(昭和39年)に再統合。三菱グループは重工業分野に強かったために高度経済成長期に大きく発展したと言われているが、戦後の三菱重工業はその中核を担い、日本最大規模の重工業メーカーとして復興した。
現在は、造船・原子力・産業機械などのほか航空機やロケットエンジンを製造。また伝統ともいえる兵器製造でも、防衛庁への納入実績第一位の企業であり、戦闘機・ヘリコプター・イージス艦を含む護衛艦・戦車などを製造している。又、ビーバーエア・コンディショナーの製造元としても知られる。過去には「シルバーピジョン」というスクーターも製造していた。
沿革
- 1884年 創業
- 1917年(大正6年) 社名変更。三菱造船(株)となる
- 1934年(昭和9年) 社名変更。三菱重工業(株)に
- 1950年(昭和25年)東日本重工業・中日本重工業・西日本重工業へ分割
- 1952年(昭和27年)3社が、それぞれ三菱日本重工業・新三菱重工業・三菱造船へ改称
- 1964年(昭和39年)3社が合併し、新生三菱重工業株式会社が誕生
- 1970年(昭和45年)自動車部門が三菱自動車工業として独立
- 1986年(昭和61年)基礎技術研究所設立
生産航空機一覧
第二次世界大戦後
- 自衛隊
- F-2 (支援戦闘機)(ロッキード・マーティン共同開発)
- F-1 (支援戦闘機)
- T-2 (練習機)
- F-15 (戦闘機) マクダネル・ダグラスからライセンス生産
- F-4 (戦闘機) 同上
- F-104 (戦闘機) ロッキードからライセンス生産
- F-86 (戦闘機) ノースアメリカンからライセンス生産
- UH-60 ブラックホークシリーズなどシコルスキー製ヘリコプターのライセンス生産も多数。
- 民間
- MH-2000ヘリコプター
- MU-300ビジネスジェット機
- MU-2ビジネス飛行機
- YS-11中型輸送機の整備点検・修理も日本航空機製造から継続して行っている。
- アメリカ合衆国・ボーイングの機体生産にはボーイング757から参加している。
- カナダ・ボンバルディアの機体生産にも長く携わっている。
第二次世界大戦前
- 陸軍
- 97式司令部偵察機
- 100式司令部偵察機
- 四式重爆撃機「飛竜」
- 97式重爆撃機
- 海軍
- 96式艦上戦闘機
- 零式艦上戦闘機
- 96式陸上攻撃機
- 一式陸上攻撃機
- 局地戦闘機「雷電」
参考文献
- 技術革新の戦略と組織行動 / 小山和伸著 、東京 : 白桃書房 、1998 274p 22cm
関連項目
外部リンク
Category:三菱グループ
Category:日本の機械工業
en:Mitsubishi_Heavy_Industries,_Ltd.
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