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 『統一新羅』とは

96390:統一新羅
統一新羅(とういつしらぎ、朝鮮語통일신라)は、676年朝鮮半島の統一から935年に滅亡するまでの新羅の事を差す。

この統一新羅、いわゆる新羅は、現在の韓国、朝鮮両国の共通の先祖の国家の初代といえる。それ以前の国家は民族・言語・文化的につながりが薄い。当然、統一新羅の前身である新羅と統一新羅は連続している。統一の過程で滅んだ、高句麗、百済は現在の韓国及び朝鮮とは連続性があまりない。高句麗は実質的に後継国家として渤海があり、現在の中国東北部に小さく民族移動して国家を再建設している。移動したときに、移動先にいた先住民族と同居し、互いに影響を与えていったために、高句麗=渤海ではないが、多少の変化はあれ、大きくは変わらない。百済は滅亡後、国を挙げてといってよいくらい倭に移住したものと思われる。それは倭、すなわち日本の中で百済文化の比重が比較的重いことからも想像される。また、現在に至るまで百済という地名が日本各地に残り、百済姓も日本国内には少なからずある。逆に考えると、現在の韓国・朝鮮には高句麗的なものや百済的なものは少ない。当然、高句麗、百済両国の故地であるから、それらの遺物はあるが、現在の韓国、朝鮮の言語・文化と百済、高句麗のそれとは連続性が殆ど見られない。そのことからも、統一新羅という国家は現在の韓国・朝鮮の原型といえる国家であり、この国家ができたことが現在の韓国・朝鮮両国の国家の形と、韓民族の形成の起源がある。すなわち、新羅の建国と、新羅が周辺の百済、高句麗を滅ぼし四方に勢力を拡大していった結果である統一新羅をもって、現在の韓国・朝鮮の国家の形ができたといえる。新羅の建国当初に新羅の版図に住んでいた人々の子孫が現在の韓民族である。滅んだ高句麗は中国東北部へ、百済は日本に移住することで活路を見出したと言える。

関連項目


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Category:朝鮮の歴史

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