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178593:ベルトクイズQ&Q
『ベルトクイズQ&Q』(ベルトクイズ キューアンドキュー)は、1969年6月30日から1980年2月29日までTBS系列で放送されていたクイズ番組である。制作はTBSだが、最初の年の水曜日放送分のみ朝日放送が制作を担当していた。
概要
平日正午から生放送されていたクイズ番組。タイトルは、毎日放送されるベルト番組(帯番組)であることから名付けられた。
クイズは、勝ち抜き早押しクイズによる「1:1方式」と、高額賞金をかけた「ミリオンステージ」の2本立てであった(前期と後期ではルールが一部異なっている。下記参照。)。番組開始当初はまだ公正取引委員会による賞金制限が存在しなかった為、最高賞金は270万円(当時のラッキージャンプ3問正解の場合)だった。
放送時間
毎週月曜-金曜
- 1969年6月 - 1975年9月 12:00 - 12:40
- 1975年9月 - 1978年9月 12:00 - 12:25 (『シャボン玉こんにちは』放送の為、短縮)
- 1978年10月 - 1980年2月 12:00 - 12:20
出演者
- 司会は初期は増田貴光、その後椎名勝己を経て、1972年5月より押阪忍が担当。
- 出題はNET(現・テレビ朝日)クイズタイムショックの出題者でもあった、矢島正明が一貫して担当。なお、押阪時代末期に限ってオープニングの挨拶で顔出ししている。矢島がレギュラー番組で顔出しするのは、NHK『チャンスだ!ピンチだ!』に次いで2つ目(しかもこの番組は、初代司会の増田貴光が司会していた)。
- ミリオンステージ前の「コンピューター性格診断」のコンピューターの声は、井上瑤が担当。
- アシスタントは、初期は円木紀久美、その後は岸ユキが担当した。なお、押阪時代後期はアシスタントを置かなかった。
前期ルール
1:1方式
- 出場者は赤と白の解答席に別れ対戦、挑戦者は、持ち点30点からスタート、持ち点の範囲内(10点単位)で点数を賭け、早押しで解答権を得て正解すればその賭け点分の得点が加算され、不正解や答えられなかった場合は賭け点分が没収。5問目と7問目(後に3問目と5問目に変わる)の「チャンスタイム」は賭け点2倍獲得のチャンスがある(初期は映像からヒントが出る問題だったが、後期は従来通り読み上げ問題になっている)。7問(後に5問)終了時点の得点の多い解答者(若しくは相手の解答者が0点になった場合)が勝ち抜きとなる。勝ち抜いた時、ミリオンステージ挑戦のボーダーラインが10点免除される(3人勝ち抜きなら30点免除、クイズの獲得点数が70点で、ミリオンステージへ)。
- 勝ち抜いた解答者の持ち点は、前の回の持ち点を引き継ぐ。
- 5人勝ち抜き、若しくは100点獲得の段階でミリオンステージの挑戦権を得る。
- 前期末期で3人勝ち抜き時点で、ミリオンステージ挑戦権を獲得できない場合失格となり、お帰りとなった。
- 勝ち抜き賞金は当初5千円、後に1万円(子供大会の場合は「勝ち抜き賞」となり、それぞれの賞品を好きなものから一つ選ぶ)。
ミリオンステージ
- ミリオンステージ(初期のころはラッキージャンプと呼んでいた)では解答者は100万円からスタートし、不正解だと減額された。3問中3問正解で100万円、2問正解で30万円、1問正解で5万円だった。(ラッキージャンプのころは、3問正解270万円、2問正解90万円、1問正解30万円であった。)
- 押阪時代になってからは、段階的に(10万円単位で)賞金を増額させ、最終的に3問正解で100万円に挑戦する。前期の第2期は10万円→30万円→100万円の3段階。それ以前(第1期)はいきなり100万円コースに挑戦も可能だった(解答者が10万円から100万円まで10万円単位で任意の金額を指定する)。不正解だと前の賞金が半減された。一問目に不正解となってしまうと挑戦している賞金の額にかかわらず、2万5千円(前期の第2・3・4期は3万円)しか受け取れない。
- さらに押阪時代前期の第3期は、10万円・30万円・100万円各コースから選び、その1回だけで終わる「一発勝負」(どのコースでも不正解なら3万円獲得)、第4期は10万円コースを廃止して30万円→100万円コースで行う「2回勝負」と、頻繁にルールが変わった。
- 問題は、押阪時代前期の第1期はどのコースでも1~10の中から選んだ。前期の第2・3・4期は、10万円コースは前と同じく1~10から選び、30万円コースと100万円コースは、8つのジャンル(「スポーツ」「芸能」など)から1つ選ぶ方式だった。
- 100万円(ラッキージャンプ時代は270万円)を賭けた問題は超難問で、複数の答えを言わなければならなかった。
- 押阪時代前期の第1期、1週間だけ芸能人大会が行われた時は、30万円・60万円・100万円の3コースに制限された。それ以外は通常と同じ。
- ラッキージャンプと押阪時代は、最低1問正解した人は、リタイヤする事(フジテレビ『クイズ$ミリオネア』の「ドロップアウト」と同じ)も可能。
- 子供大会のミリオンステージの場合は賞金ではなく、天体望遠鏡・ラテカセ(ラジカセにテレビ機能を付加した製品で、当時の子供達の憧れであった)・スポーツ用品等の中から好きな物を一点解答者に選ばせ(いわゆる「ミリオン賞」)、一問を一発勝負させる形式であった。なお、末期の子供大会はミリオンステージを達成すると、チャンピオン大会に進出して、ハワイ旅行を目指す形式があった。
- ミリオンステージ挑戦者は、問題出題前に、コンピューターの「性格診断」を受ける事となっていた。「はい」「いいえ」形式でコンピューターから出される問いに5問答え、終わった時点でコンピューターが挑戦者の性格を診断し、延々と読み上げ、そのユニークな分析ぶりが常にギャラリーの笑いを誘っていた。(初期の頃は、この後に出される1問だけの2択クイズに正解しないと挑戦できなかった)なお、このコーナーは放送時間短縮時に廃止されている。
- ミリオンステージ挑戦者(100万円獲得者も)と、「宿題クイズ」(視聴者プレゼント)には、「Q兵衛」という番組マスコットである馬のぬいぐるみがプレゼントされた。尚、のちに「Q兵衛」のぬいぐるみには「チビQ」という小型サイズの物も存在し、番組参加賞や視聴者プレゼントとして使用された(但し、100万円獲得時、当初は小規模のトロフィーが授与された)。
後期ルール
1:1方式
解答者は双方ともに40点からスタートし、その範囲内で10点単位賭けでクイズに挑戦。早押しで解答権を得て正解で賭け点分の得点が加算されるが、正解した相手側、並びに両者不正解や無解答の場合は賭け点没収となる。また4問目からはチャンスクイズで賭け点2倍。解答者が100点を突破、若しくは相手側が0点になったところでゲーム終了でこの時点で1万円獲得。
ボーナスチャンス
- 大きく「安全コース」と「危険コース」の2つのクイズがあり、そのどちらかに挑戦する。
- 安全コース 2者択一問題を7問出題。1問正解で1万円、以下6問まで1万円ずつ加算し、7問全問正解なら10万円。
- 危険コース これは一発勝負によるクイズで、ヒントを最大4つまで聞くことが出来る。そこで判った段階でボタンを押して答えを出し、第1ヒント正解で30万円、以下10万円、3万円、最終ヒントは1万円と減額される。不正解だと賞金0円。
- ボーナスチャンス終了後は再び1:1方式に戻り、100万円を獲得するか、新チャンピオンに負かされるまで繰り返し対戦できるというルールだった。なお、この後期ルールはのちに「桂三枝の連続クイズ」で使われることとなる。
また、最末期の子供大会(1979年の冬休みのみ実施)は賞金ではなく、得点を積み重ねての形式で、得点上位が大晦日に放送のチャンピオン大会に進出し、ハワイ旅行を目指していた。
最末期の子供大会の得点形式
- クイズで勝った時の得点加算はなし。
- 安全コース 1問正解で5点、以下6問まで5点ずつ加算し、7問全問正解なら50点。
- 危険コース 第1ヒント正解で70点、以下30点、20点、10点と減点され、不正解だと0点。
- 100点を獲得したところでチャンピオン大会への出場権を得て終了。100点到達前に敗退した中からも得点上位者がチャンピオン大会に進出。
前期ルールと後期ルールの共通点
- 放送時間がいっぱいになった時は、翌日に持ち越しとなり、続きから対戦、またはミリオンステージ(後期はボーナスチャンス)からスタートする。なお、後期は鳩時計の音が鳴った。
ネット局
備考
- 最高賞金の270万円の獲得者は2人出ている。
- 7月中旬から8月末までは「夏休み子供大会」、12月下旬から1月上旬までは「冬休み子供大会」が設定され、小中学生の出場があった。それぞれの大会で、休みの終わり(新学期の始まり)に伴い、続行が不可能の時に「君たちね、ご存知だと思いますが○(夏・冬)休みが終わるでしょ。だからこの大会も終わってしまうんだ。大変残念だけど、この時点で終了になります」といった押坂の(多少根回しっぽい)告知があるのも恒例であった。
- 漫画家・さくらももこの祖父、友蔵がこの番組に出場したことがあり、このエピソードは、アニメ『ちびまる子ちゃん』(フジテレビ系)の『おじいちゃんベルトクイズに出る』の話にも描かれている。同アニメでは押阪本人が声の出演で特別出演、出題者の声は矢島正明では無く、境鶴丸(フジテレビアナウンサー)が担当した。エンディングのクレジットにも「協力:東京放送」と表示された。
- 音楽は『ひょっこりひょうたん島』や『ムーミン』の宇野誠一郎が担当。
- 海援隊でメジャーデビューした後の武田鉄矢が出場記念品のぬいぐるみを娘からねだられ、一般回答者として出場した事がある。
- 押阪は番組終了丸1ヵ月後の同年3月31日より、同時間帯で放送開始となったフジテレビの新番組『日本全国ひる休み』の司会を担当した。
関連項目
外部リンク
番組の変遷
{{前後番組|
放送局=TBS系|
放送枠=平日正午枠(1969年6月-1980年2月)|
前番組=月曜-木曜: 川崎敬三のお昼にあいましょう
(TBS制作)
金曜: 森乃福郎・田辺靖雄のお昼にあいましょう
(ABC制作)|
番組名=ベルトクイズQ&Q|
次番組=スーパーダイスQ
シャボン玉こんにちは(1975年9月 - )
(12:25-12:40 → 12:20-12:40)}}
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